私は中国の昔の禅用語に”瞬視”という言葉があるのを思い出した。
<p> 長くものごとを見つめていると、事象の真の姿は逆に隠れて見えなくなるから瞬時に見抜け、ということだ。</p>
<p> ここには既成の意味を取り払った無意識の状態で、外から、一瞬、眼に飛び込んでくるものを受容するなら、物事の本当の姿が見きわめられると言うことが言い表されているのだと思う。</p>
<p> この禅用語は写真を撮る行いによく似ていると言える。長々と見つめて撮った写真は優等生的で外面の形がよく写っているが、事物の魂の中まで光が届いていない。それを逆に、自分が空虚になっていて、一瞬見えたものを受け入れてしまった画面には、外面以外のものが写っている。(279頁)</p>
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藤原新也『全東洋街道(下)』
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